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ひたむきに、ポジティブに

ミーハーっぽくて恐縮ですが、サッカーではアメリカ代表が好きです。
彼らから感じるひたむきに、ポジティブにというエネルギーに共感を覚えるからです。

コンフェデ杯、欧州勢はさほど重視していないとはいえ、無敗を続けてきたスペインを破った快挙はぜひ心に留めておかねば!と思います。

よく言われることですが、アメリカ代表を見ていて感じることは
「俺たちは強い!」
「やればできる!」
という非常にポジティブな精神構造です。
それでも彼らは試合に入れば非常に謙虚に献身的にプレーすると思います。
もちろん彼らは身体能力的にすぐれているベースがあるんでしょうが、最後の一歩まで足を出す、体を投げ出すところに、日本代表でこそ見てみたいプレーがあるような気がします。

そして迷いなくまっすぐに攻め込む度胸もたいしたものだと思います。
傲慢にならず(ボールを中盤で無意味に回したりせずに)、シンプルにポジティブに(ボールをとられたらどうしようという迷いがない)プレーする彼らから学ぶことは多いと思います。

なんでも自分の身に置き換える必要はないですけど、論文をだらだら一人で書いていると、弱気になったり、つい横道にそれたりしてしまいます。
研究課題は適切か、結論までの道筋は確かか、見落としはないか、完璧なものを書くのは無理ですが、よりよいものを目指して、ひたむきにポジティブに書き進めていくことは思いの外難しいものです。

アメリカの2点目、パスカットした選手から逆サイド(中央左より)にボールが出ます。
パスを受けた選手に一人、さらに後ろに3人スペインDFがいて、サイドはあいています。
僕ならおそらく最初のトラップを外側にだすところですが、彼は右に大きく出して、一人を置き去り、DF3人と自分の間にボールを出します。
せまってくる3人を十分に引きつけ、フェイントでためをつくって、右にヘルプに来た選手にパスを出し、彼の折り返しをスペインDFが処理にもたついている間に蹴り込んでゴール!というわけ。

スペインを相手にする場合、つい安全な外側サイドに逃げたくなるところを、思いきって中へ切り込み、無茶にミドルを打たずに味方にパスだし。
アメリカのプレーの真骨頂だと思います。
まぁ身体能力に自信があるからできるのかもしれませんが。

とにかく、アメリカは野球といい、アメフトといい、国際試合に後ろ向きで傲慢な印象ですが(あくまで個人的に)、サッカー代表ではポジティブにひたむきにプレーするという彼らのよい面もみることができると思います。

| 生活雑感 | 12:00 | comments:9 | trackbacks:0 | TOP↑

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パソコンの作業が長いので

最近パソコンの前に座ってる時間がとても長くなっています。

その際に意外と大事なのはパソコンによる眼の疲れをいかに抑えるかだということに遅ればせながら気がつきました。

というわけで、色々考えた結果、壁紙を暗めにし、フォントを変えてみました。
特にWindowsのTahomaは眼がちかちかするので変えたいと常々思っていたところ。

知り合いのMacを見ていると、なんかフォントがみやすい気がする。
Macファンではないんだけど、思い切って全部のフォントをMacのOsakaフォントに変えました。

WordもMSゴシックからOsakaフォントに変更。
文字も少し大きめに表示されるようにして、Clear Typeを採用。
白と黒のギャップが鮮やかすぎると眼がちかちかするので、それをなんとかしようとの試みです。

少しいじっただけだけど、思ったよりも見やすい。
これなら以前よりも長時間の作業も耐えられそうです。

| 生活雑感 | 16:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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エコポイント

エコポイントなるものが発行されるそうです。
環境に優しい製品を購入すると、ポイントがもらえ、それを他の商品や商品券とこうかんできる仕組みだそうです。

環境省 エコ・アクション・ポイント

なんだからりった感じの白くまさんがキャラクターみたいですね。

この仕組みは始まる前から

エコはエコロジーではなくて、エコノミーのエコなどと揶揄される事態になってます。
実際、もらえるポイントは家電の大きさ(消費電力)が大きいほどポイントが高いなど、首をかしげる部分もあります。

省エネ家電への買い換えを促進する仕組みですが、相変わらず消費することが前提になっているなぁと思います。
もちろん経済を考えれば需要を喚起することはとても大切ですが、コペンハーゲンでさらに厳しい目標が課せられる可能性が高いわけなので、根本的な改善策をそろそろ大々的にうってほしいなと思います。

買い換える際に不要になった家電をリサイクルすればさらにリサイクルポイントがつくようですが、リサイクルに関しては従来の家電リサイクル法の枠組みで行うんでしょうか?新しい仕組みを導入することはなさそうです。

現在の家電リサイクル法は問題があり、僕はこういった形でリサイクルを促進することはいいことだと思いますが、安易に買い換えを推奨する仕組み、リサイクルシステムにメスをいれない仕組みではいけないと思います。
これを機会に家電リサイクル法も見直しているんでしょうか?

最大の問題点は、家電リサイクル費用が統一されていない点と、引き取り時に支払いを求める仕組みだと思います。さらにいえばリサイクルがきちんと行われているかは、自分で企業に確認する仕組みになっています。これでは消費者に係る情報コストが高すぎると思います。
パソコン、自動車では購入時に引き取り費用を支払い、業界で統一された価格設定がされているようです。
これをなぜ家電で採用しないのか疑問です。

まずは購入時にリサイクル費用を支払い、その価格体系を統一し、それをもって透明性のある情報プラットフォームを整える必要があるでしょう。
業界団体が率先してそういった情報公開の仕組みを作るべきだと思います。
購入の際の判断に、廃棄後の処分の仕方が含まれるような仕組みを作ることが肝要です。
さらにいえば、それが消費抑制につながれば一番いいのですが。

また、同一カテゴリ製品での買い換えのため、革新的なエコ活動を促すことはないでしょう。
的を絞った商品券制度だと思うし、そもそも最初に買い換えるお金を持たない人はこの制度から除外されていると感じます。僕は商品券にも否定的なので、この制度がはたして290億円もかける意味のある制度なのか疑問です。
まぁ産業界を一時的に救済する仕組みではあるかもしれません。

民生部門のCO2排出量が増え続けているのだから、社会全体が影響を受ける仕組み作りが必要ではないでしょうか?
足るを知るとはよく言ったもので、我々に必要なのは省エネ商品への買い換えでなく、消費抑制を通じたライフスタイルの革新だと思います。

たとえば、モーダルシフトを促進して自転車と電車による移動が可能な町作りをすれば自動車の必要性は下がり、CO2排出を減らすことができます。
実際東京では自動車が必要だと思うことは少ないのではないかと思うし、ベルリンで必要だと思うことはまずありません。
たとえば定期券をゾーン制度に切り替え、さらに法人で購入すれば複数人数(回して使える、1枚で複数が同乗できる)で利用できるようにすれば、中小企業などにとっては費用削減と環境貢献が同時に達成できると思うのですがどうでしょう?

| 環境政策・経済 | 15:50 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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中期温暖化削減目標:世界編

世界編などとかっこよく銘打ってみました。
昨日の続きです。

さて、日本は産業構造転換の視点が弱い、または意図的に弱められているので、中期温暖化目標が物足りないということを書きました。

では世界的に見ればどうなんでしょうか。

日本は、現在難しい立場にあると言えます。大問題は国内の環境市場が驚くほど弱くて小さいことです。

簡単ではないCO2削減目標をせまられつつも、アメリカが離脱したのをいいことに、政治的には欧米の間にたち、地理的には中国やインドと、欧米の間にたって調整役を行うことで、指導的立場を確保するというのが今までの僕の印象です。

ただし、アメリカが日本をほったらかしにして強いリーダーシップを発揮する場を国際環境政治に求めてきているのは注目に値します。
もともとインドとは仲のよいアメリカなので、中国も取り込むことができればジャパンパッシングが加速することもあるでしょう。
ヨーロッパも、市場としての魅力に欠ける日本にあえて注目する動機は薄いと考えられます。

このままでは環境産業の空洞化が起き、日本の技術のみが海外に輸出され、将来的には技術的優位も失う可能性もあります。
日本人は勤勉なので、技術開発に関しては他国に負けないという日本人二宮金次郎説も、大規模に資金が移動するグローバルマーケットを前にいつまで有効なのか疑問です。
資金が流入しなければ技術開発投資ができないからです。資金を集めるには市場が必要なのです。
次世代の基幹産業になるであろう環境部門で比較優位を失えば、重長厚大産業中心の日本は決定的に敗北するかもしれません。IT産業が伸びていると言っても、技術優位は圧倒的にアメリカが握っています。

それを踏まえれば、経団連や産経の意見は「日本だけが得すればよい」どころか、日本の壮大な自殺論にすら見えてきます。
産業構造転換を図らないまま温暖化会議で主導権を握ろうとすると、そういった意見に終始するのかもしれません。

コペンハーゲンに向けて排出権取引がますます注目を集めています。排出権割り当て(裏を返せば削減目標)をどう設定するかについて、日本政府の意見は世界的に見ればずいぶん遅れたものになっています。ヨーロッパでは最終的にどうしようもない場合に採用する手段といった程度の認識です。

また、日本の国としての社会的責任(グローバルな責任)を積極的に果たさずして、指導的立場は握れないと思います。CSRで言えば、法的枠組みを超えた部分のみが社会的責任となります。
みずから国際社会における法的枠組みを弱めることに終始する日本政府を見て、共感を覚える国がどこにあるでしょう?

ただし、そういった指導的立場が日本の国益につながなければ無意味です。日本政府にとって、あくまで日本国民を保護することが第一義的な目標なのです。
結果的に厳しい目標が日本を追い込んでは意味がありません。重要なのはこれを元に国際社会の譲歩をいかに導き出すかでしょう。

それを踏まえて、日本が国際環境政治の舞台で存在感を発揮するには、「日本は大丈夫か?」くらいの厳しい目標をあえて自分に課し、それをもってアジアの発展途上国を排出削減枠組みに取り込む戦略が必要だと思います。

そして、アジアを中心とした環境市場を積極的に保護し、日本経済がその恩恵を受ける枠組みを作る必要があります。それは何も伝統的な自国産業の保護(市場統制)を意味するのではありません。

技術特許の保護政策を求めることが必要になるでしょう。
自由貿易と環境保護のバランスを環境保護よりにもっていくことも必要でしょう。
そういった総合的な政治的バランスを見極めたうえでの目標設定が必要であり、そのためには今回の中期目標は少し弱いと感じてしまうのです。

| 環境政策・経済 | 09:01 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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日本の中期温暖化ガス削減目標

Flagburner's Blog(仮)、6月11日

知り合いから教えていただいたブログです。
重要な記事はあらかた網羅してあります。

僕は地球温暖化はどちらかと言えば専門外なので、ちょこっと意見を述べる程度に抑えておきます。
とりあえず今回は日本国内に絞って考えましょう。世界の中の日本は次回にでも。

福田首相が提起した長期温暖化削減目標(2050年までに90年比50%削減)を踏襲する形での議論が進んでいたはずなのですが、なぜか中期目標がえらく中途半端な数値になってしまいました。
90年比8%減では物足りない感がするし、NGOが反発するのは当然でしょう。

日本の報道で思うのは、温暖化対策をとった際の負担ばかりを押し出して、長期的な温暖化被害があまり数値として注目されないことです。
環境省の発表では、
”「地球温暖化の日本への影響」では、対策をとらない場合に年間10兆円をはるかに上回る損失や健康への被害が見込まれ、そのリスクは気温の上昇とともに大きくなると予測されている。”
とあるのに、これがたとえばYAHOOニュースで掲載されていた記憶はありません。
さらにいえば、温暖化対策で家計の支出が年7万円増加!という衝撃的な記事が載っていたことが記憶にあります。
しかし、ここで環境メディア論を論じても仕方ないのでおいておきます。

スターンリポートにもありますが、リスクという点で考えれば、温暖化対策投資が無駄に終わるリスクと、温暖化放置で被る被害のリスクでは後者が遙かに大きくなるのはほぼ確実です。なぜに日本では対策が後手後手に回るのか。
それは日本の政策が、根本的には産業構造の変革そのものをほとんど頭に入れていないからだと思います。

経団連は現在の産業構造を決定する大企業を代表する組織であり、改革にひどく後ろ向きです。ですから、御手洗会長の発言は意味不明ではなく、まったくもって予想通りなのです。

経団連は京都の前からそもそも温暖化議論すら懐疑的な発言をしてきましたし、自画自賛は何も今に始まったことではありません。
これには少し説明が必要でしょう。実際、産業界の努力は並々ならぬものだったからです。

日本のCO2排出量部門別構成比
部門別排出量の推移

この二つを見れば、産業界は大幅削減は成功していないものの、増加もほとんどしていないわけです。1970年代から効率化に執念を燃やしてきた産業界にとって「乾いたぞうきんを絞る」ことはもう無理だということです。
現在のCO2排出増加はすべて民生部門にあり、国民生活そのものを変えない限り、産業部門の努力は限界に近いというわけです。
国民生活を変えるとは、ライフスタイルを変えるとともに、価格に反映される追加負担を受け入れるということでしょう。
産業界は他人のつけは払えないと言っているのです。

ただし、これには現在の産業構造を維持するという意志が反映されています。
ライフスタイルを変えるには、産業構造の転換をともなうことをともすれば忘れがちなのです。

簡単な例をあげると、麻生首相の発表した家計負担増のうちわけには環境に優しい自動車に乗り換えるという項目があります。
つまり、今の自動車中心の社会とそれを作り出す自動車中心の産業構造は転換しないと意思表示しているわけです。
モーダルシフトといいますが、交通部門の転換(自動車、飛行機から電車、船へ)が視野に入っていません。これには部門別の内訳のうち、交通部門が民生部門にカテゴライズされ、産業部門にカウントされないという問題をもあるでしょうが、経団連とその支持母体である自動車産業の意向を強く反映していると言えるでしょう。
自動車ではなく、自転車で生活できる町作りをすれば、家計の負担は大幅に削減されるのです。

ただし、これには産業構造転換がとても難しい日本の現状もあります。
政治が悪いだけではなく、今までの成功が足かせになっているのです。
地球温暖化の問題はその影響範囲が広く浅いため、政治的圧力が十分に高まるには大きなインパクトが必要です。原発に対するチェルノブイリのような。
他方、産業構造転換の痛みは比較的狭い範囲で急激に起こるため、政治的圧力が結集されやすい傾向があります。
トヨタが産業構造転換を図り、自動車生産を抑制すると言えば、その城下町ではリストラの嵐が吹き荒れ、地域住民は猛烈に反発するでしょう。
また高度な知識の集約された産業は、他産業への転換が簡単ではありません。分業が進みすぎているからです。

政治的背景と構造的背景が温暖化対策への積極的な投資、または追加的負担への足かせになっています。これを解決するには政府の断固たる決意が必要になります。
断固たる決意を避けるために、政府や産業界はメディアを誘導していると言われても仕方がないのが現状だと思います。

「痛みをともなう改革」は小泉首相の言葉ですが、麻生首相もこれをたびたび引用します。
しかし、その先にあるべきビジョンが明確でないため、痛みのみがやたらにクローズアップされるきらいがあります。もしくはわざとやっているんでしょうか。

温暖化対策をとる場合のビジョンと、とらなかった場合のシナリオを具体的に示し、そのうえで、産業構造転換を強く後押しする必要があります。アメリカ風に言えば「グリーンニューディール」です。

事実アメリカもドイツも産業構造を大幅に転換すべく舵を切っています。GMを破綻させるなんて少し前までは考えもしなかったことです。
そしてその芽は、ドイツでは目に見える形で現れつつあります。
簡単にいえば、新産業が旧産業からあふれた雇用を吸収しつつあるということです。
これに関しては以前のエントリを読んでください。

環境産業

日本がこのまま産業界の意見を反映し、構造転換を中途半端なままにすれば確実に痛みをこうむります。その流れはすでに目に見える形ででてきています。
太陽光パネルの販売量で世界首位を明け渡したのは何も偶然ではないのです。あわてて中途半端なFITを導入したところでその効果は限定的になるでしょう。
NGOは世界の流れと日本を比較するだけでなく、経済的なリスクを全面に押し出したキャンペーンをはるべきでしょう。
つまり、動物を救おうと理性に訴えるだけでなく、あなたは将来失業しますよ、と言った方が効果的だろうと思うわけです。

| 環境政策・経済 | 07:47 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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